ショートショート:秋夕(しゅうせき)

ショートショート

朝、居間の仏壇に手を合わせ、ご先祖様に感謝する。
亡くなった家族や親戚の顔と声が頭に浮かぶ。
一人だけ、父方の祖母の声だけが聞こえない。
会ったことがないからだ。

祖母は戦時中に若くして亡くなった。
その時、父はまだ学生だった。
一枚だけ残っている白黒の写真で祖母の姿を知った。
戦時中の疎開先で撮った家族写真の中にまだ幼い父を抱いている祖母が写っていた。
細身で目の覚めるような美人だ。

まだ学生の子供を残して先に逝くのはどれほど心残りだっただろうか。
人生の幸運と不運がバランス良くやってくるとするならば、現在、我々家族が何不自由なく幸せに暮らせているのは、不運を一手に引き受けてくれた祖母のおかげであるような気がする。
一度でいいから会って声を聞きたい。

***

順調だった我々家族の生活もいよいよ風向きが変わるようだ。
昨日、会社から解雇を告げられた。
新卒で入社以来、会社には貢献してきたつもりだが、このコロナ禍で経営が苦しいと言われると反論もできない。
緊急事態宣言が発出された4月以降、売上げは目に見えて落ちているし、回復の兆しは見えない。
自分が社長でも同様の判断をするだろう。

コロナ関連の解雇や雇い止めが数万人以上との報道もあった。
自分の年齢では再就職先を見つけるのは大変だろう。
大学生と高校生の娘の学費、家のローン、身の毛もよだつ。

解雇された人数が多いのと、コロナ禍で飲み会が自粛されているため、社内での形ばかりの送別会が行われ退社した。
雇用保険の手続きと再就職先を探すためにハローワークに行った。
パソコンで求人を眺めていたが、あるのは介護と運転手ばかりだ。
真っ青な空といわし雲を眺めながら帰宅した。

***

ある日の昼下がり、妻は買い物に、娘達は学校に行っている。
インスタントラーメンで昼食を済ませて、登録していた転職エージェントの担当者とオンライン面談を行った。
面談の途中、画面がフリーズした。

ようやく通信が復活した時、モニターに見覚えのある女性が映っていた。
父方の祖母だった。
「おばあちゃん?」
祖母は笑っていた。
自分より若いまだ30代位だった。
「元気でやっていますか?」
艶のある色っぽい声だった。
「元気だよ。」
この現象は理解できなかったが、そんなことはどうでもよかった。

「ずっと会いたかったんだよ。」
「ごめんね。けど、孫達が立派に成長したことはおまえの父さんから聞いていたよ。」
「親父とも会えたんだね。良かった。・・・親父の期待に応えられるように今まで頑張ってきたんだけど、この前、会社をクビになっちゃったんだ。今、転職活動中さ。」
「あら、そうなの。それは大変ね。でも、大丈夫よ。安心しなさい。今までだって戦争や飢饉で大変な時は何度もあったのよ。でも、その度におまえのご先祖様は歯を食いしばって乗り越えてきたんだから。そのおかげで今のおまえがあるのよ。そうでしょ。」
「まあ、たしかにそうだね。」
「おまえには大事な家族があるんでしょ。家族のためにもがんばらなきゃ。おまえは今までよくやってきたわよ。私達の誇りよ。」
「わかったよ。俺、頑張るよ。おばあちゃん、また会える?」
画面がまたフリーズし、転職エージェントの担当者の顔が映っていた。

はっとして目が覚めるともう夕方だった。
窓を開けるといわし雲が夕日に照らされていた。
キンモクセイの香りがした。