子供の頃、プラモデルを作るのが好きだった。
説明書を見ながら部品を丁寧にちぎり取り接着していく。
接着剤のシンナー臭が心地よかった。
プラモデルを作っている時だけは夕食も好きなテレビも忘れて没頭できた。
接着剤がはみ出したりシールが破けたりしている所もあるけど、自分で一から作り上げた時の満足感は最高だった。
友達が何千円もする大きな戦車のプラモデルを親戚のお兄ちゃんに作ってもらったと自慢していたが、全く羨ましくなかった。
完成品が欲しいのじゃない。
自分で作る過程が好きなのだ。
***
化学メーカーの研究所に就職した。
自分で一から実験系を立ち上げて、データを収集して解析するのは面白かった。
自分に合っているなと思った。
社内の賞をもらったり、学会で発表したりした。
同期の中でも一番に課長に昇進した。
管理職研修で講師から課長は何をするか教育された。
マネジメントらしい。
わかっちゃいるけど実験は止められなかった。
管理業務の傍らで実験を継続していた。
***
ある日、上司に呼ばれた。
「君の仕事は部下のマネジメントなのだから、自分で実験するのではなくて、部下を使って組織を回していきなさい。」
「はい…。わかりました…。」
自分は研究でキャリアを積んできたのに、急にマネジメントをやれと言われてもなぁ。
付け焼刃でドラッカーなんかを読んでみても具体的に何をやればいいかよくわからない。
やっているのは、部下の成績評定と予算管理くらいで、あとは朝から晩まで会議ばかりだ。
来る日も来る日もデスクに座り、エクセルやパワーポイントで資料を作る日々だ。
これが本来のマネジメントなのだろうか?
***
管理職になって数年経ち、なんとなく自分の限界も見えてきた。
このまま行っても部長止まりだな、奇跡が起きれば平取くらいにはなれるかな?
まあ仕方ないか、サラリーマンだもんな。
ある日、人事部に呼ばれた。
暗に早期退職しろということだった。
会社の業績は落ちていたし、最近は業績が良いうちにリストラする企業も増えていたから、なんとなく予想はしていた。
給料だけ高くて使えないバブル社員のリストラだ。
「会社は転職を全面的にサポートするので、社外でも通用するあなた独自のスキルを身に付けてください。」だって。
おいおい、勘弁してくれよ!
俺だって実験や研究なら今の若いやつらに負けないし、給料以上の成果を上げる自信はあるぞ。
でも、おまえらがキャリアに関係なく、金太郎飴みたいな管理職を増産してスキルを奪い取ったんじゃないか。
と言っても、後の祭りか。
今じゃ、何のスキルもやりたいこともないなぁ。
これもみんな自己責任なんだろうな。
居室に戻ると、若い研究員が数人集まって議論していた。
横を通り過ぎる時、ツーンとシンナーの良い匂いがした。
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