ショートショート:壁のシミ

ショートショート

明日は近隣の看護学校の寮生と社交ダンスパーティーだ。

大学の部活が終わった後に先輩達とさんざん練習したので、ちゃんとリードすることができるだろう。

ジルバで転ばないようにだけ気を付けよう。

可愛い子がいるといいなぁ。

最後に部長から明日の注意事項が告げられた。

「いいか、明日は我がボクシング部伝統のダンスパーティーだ。男子たるもの女性に恥をかかせてはいかん。1年は壁の花を作らないように。いいな!」

壁の花?

何のこと?

2年の先輩に聞いた。

「壁の花ってなんですか?」

「おまえ、そんなことも知らないのか。壁の花とは、踊りに誘われずに壁際に立っている女性のことだ。可愛い子は先輩たちが先に声をかけるから、おまえ達1年は壁の花になりそうな子がいたら、率先して踊りに誘え。いいな!」

「はい!」

ちぇ、なんだよ。

敗戦処理かよ。

つまんねえなぁ。

でも、これが武士道の慈愛の精神なのかなぁ…

***

次の日、生まれて初めてのダンスパーティーだ。

みんな緊張している。

女の子達は同年代だが、看護学校生だけあって皆落ち着いていて優しそうだ。

バブルに浮かれた女子大生とは一味違う。

可愛い子がたくさんいるぞ。

いざ、ダンスが始まった。

予想通り、目を付けていた子達は上級生達に先に声をかけられてしまった。

ちくしょう!

2年の先輩が俺達の方を見ている。

「1年!壁の花を作るなよ!」

小声で言われた。

何人かが小走りに壁に向かっている。

しまった!出遅れた。

俺は、俺より少し大きそうな子に声をかけた。

「踊って頂けますか?」

「ええ」

身長が俺と同じ位あるんじゃないか?

手が少し汗ばんでるな。

でも、いい匂いがする。

まあ、今日は楽しもう。

「血液型は何型ですか?」

いきなり聞いてきた。

別にダンスと関係ないだろ。

なんで女は血液型にこだわるんだろう。

「B型です。」

「ええ、私、B型はダメなんですよー」

ちょっと彼女の顔が離れた。

血液型で人を判断するな!

***

最近の若いやつは自分のことばかりだな。

部署全体のことを考えて協力する姿勢が足りない。

失敗を恐れてチャレンジしないし、自分の成果を上げること以外には見向きもしない。

上司との飲み会も断るし、新たな提案にも「何でそんなことしなきゃいけないんですか?」だ。

これじゃ、失われた20年になるわな。

まあ、いいや、俺も役職定年で来月からは窓際族だ。

窓はないから壁際族だな。

***

「〇〇さん、今日のネクタイすてきですね。奥さんの見立てですか?」

「いや、自分で選んでるよ。」

「〇〇さん、今日のお昼、どこ行ったんですか?」

「新しくできたトンカツ屋に行ってみたよ。なかなかいいね。」

「本当ですかぁ。今度、連れて行ってくださいよー。」

「じゃあ、明日行く?」

新しい部署も悪くはない。

意外に女子社員も優しいし、快適だ。

責任もないし、やることもないし、定年までのんびりするか。

***

同期で飲みに行った。

会社帰りの一杯に付き合ってくれるのはおじさんとおばさんばかりだ。

「新しい部署はどうだ?」

「なかなかいいよ。この前も女の子連れて新しくできたトンカツ屋にランチに行ったよ。俺が奢ったけどね。」

「お前、たかられてるんだよ。」

「そうかもね。でもいいじゃん!」

同期のお局様がぼそっと呟いた。

「あそこの部署では、代々、先輩女子社員から壁のシミ作るなと指導されてるのよ。そんなことも知らないの?」

壁のシミとは、ダンスパーティーで女性から相手にされない男性のことだ。

「あっ、そうなんだ…」


今も慈愛の精神が脈々と息づいているようだな。

最近の若者も捨てたものではない。