ショートショート:先輩

ショートショート

隣の席の先輩はかわいそうだ。
新しいテーマを温めていて、いつか提案したいらしい。
でも、高圧的な上司のせいでいつも潰されているらしい。
たしかにうちの課長は、口は悪いし好き嫌いも激しいタイプだ。
なんとか先輩の希望を叶えてあげたいものだ。
実は俺も具現化したいアイデアがあり、数年後には提案したいと考えている。
そういった意味では、先輩は俺の道しるべだ。

***

とうとう先輩の時代が到来した。
今回の人事異動で課長が本社に転勤になったのだ。
これでようやく先輩の温めていたテーマを具現化することができる。
いよいよ始動だ!

***

あれから半年以上経過したが、一向に動き出す気配が感じられない。
とくに先輩を頭ごなしに否定できるような人は部署にはいないし、何もできないほど忙しいわけではない。
先輩を遮るものは何もないはずだ。

部署の飲み会の席で先輩に質問してみた。
「先輩、以前言っていたテーマやらないんですか?あの課長もいなくなったし。」
「ああ、あれか。やりたいんだけどな。今いろいろ忙しいんだよ。この部署、予算もないしな。」
「なるほど。でも、やってくださいよ。期待していますから。」
「おう、わかった。まあ飲め!」

***

あれから数年経ったが先輩がテーマを提案することはなかった。
何度かやらないのか聞いてみたが、その度に新たな障壁が出現してできないようだった。
「やりたいんだけどな。〇〇があるからできないいんだよ。」
「やりたいんだけどな。△△がなければなぁ。」
先輩はかわいそうだ。

***

その後、就職して約10年経って気付いたことがある。
結局、やらない人はどんな状況になろうとも何もやらない。
いつもやれない理由を探している。
逆に、やる人はどんな困難があろうともやろうと努力する。
これは社員教育や社外セミナーでどうこうなるものではない。
持って生まれた気質みたいなものだ。

***

ある日、街を歩いていると先輩に会った。
「先輩。ご無沙汰しております。お元気ですか?」
「おう、おまえか。元気か?新しい会社はどうだい?」
「まあ、ぼちぼちやっています。」
「いいなぁ、おまえが羨ましいよ。おれもお前のように若かったら転職したんだけどなぁ。でも、子供の学費もかかるし、家のローンもあるから、なかなかなぁ。」
「そうですよね。でも、大企業の方が安定していて絶対いいですよ。うちなんてスタートアップベンチャーですから、先行きどうなるかわかりません。」
「それもそうだな。今度飲みに行こうぜ。また連絡するな。」


先輩の後ろ姿は生き生きとしていた。